2006年 05月 01日 ( 2 )
No.128 執念のPK
f0136083_217064.jpg 前期第7節の佐川印刷戦は、開始1分に西川のシュートを相手GKが弾いてこぼれたところを吉田賢太郎が狙いすましてきれいに蹴りこみ先制した。下位チームに対し楽勝かと思われた。しかし、「栃木の3トップの良さをいかに消すか」(松永監督)と臨んだ佐川は、最初の失敗を修正し、栃木の前線へのパスにDFやボランチが執拗に詰めてきた。吉田、西川、佐野がめまぐるしくポジションチェンジしても同じことだった。佐川の最前線では身長190センチのFW森前がターゲットマンとなり、故障の照井を欠く栃木3バックは神経を使った。12分、佐川の右CKをファーサイドにいた身長172センチの山本がヘディングで決め同点。崩された訳ではないが、早い時間帯での痛い失点だった。
開幕以来7戦目で初めて欠場した照井の代わりに、信頼感の高い遠藤が3バックの右に入った。この日の栃木の注目は、左サイドの中川だった。前節にリーグ戦初スタメンで出たポジションはボランチ。高橋監督のサプライズ起用だったが、慣れない位置での45分間のプレーは不本意な結果に終わった。中川はこの日、左サイドの後ろにいる3バック左の山崎とコミュニケーションを密にして守備意識を保ちながら、身上の攻撃センスを発揮。31分に堀田とのパス交換で突破してチャンスになりかけたプレーは鮮やかだった。中川が最も輝くのはプレースキックの時。CKやFKを只木と堀田から完全に任されて、得意の左足でゴール前にボールを供給した。ゲーム感覚が高まれば大きな戦力となるだろう。
一昨年まで栃木に在籍した岸田茂樹が「視野の広さをトライした」(松永監督)とボランチで今季初出場。元佐川印刷のMF西川とのマッチアップは見ごたえがあった。岸田は「栃木は本当に良く走る」と脱帽だった。後半、佐川の時間帯が続いたが栃木が持ちこたえ、問題のシーンが訪れた。86分、なかなか決定的場面を作れないでいたFW佐野が、ゴール左寄りのペナルティエリア角のあたりで倒された。FK獲得。佐野はいい仕事をした。蹴るのは名手・堀田。右効きのフリーキッカーにとっては絶好の位置だ。堀田は眼光鋭くGKの位置を確認した。栃木は横山と菊地を残してゴール前に集結。GKはやや中寄りに構えた。「直接狙いました。壁の上を越えれば入ると思った」(堀田)と鋭くカーブをかけて蹴った。これを佐川の選手がハンドで止めた。PKの判定。今度は只木の出番だ。「この状況で外したら…とすごい緊張でしたよ」。GK左に右足インサイドで蹴り込んだ。終了間際、88分の決勝点だった。FKの堀田は前日に31歳の誕生日を迎えた。同じ31歳の只木とのベテランコンビによる執念のゴール。苦戦の末の薄氷の勝利。それでも勝ち点3は大きい。この日、佐川急便東京とホンダが敗れたため、栃木は5位から3位に浮上した。
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by tsc2007 | 2006-05-01 21:06
No.127 松永戦法に苦戦
f0136083_217367.jpg 前期第7節・佐川印刷戦は、開始1分に先制したのに、12分には追い付かれ、フィニッシュまでが遠い展開になった末に、終了間際のPKで2-1と、薄氷の勝利。好天のゴールデンウイークとなった栃木市総合運動公園陸上競技場には、メーンスタンドに入り切れないほどの観客(公式入場者は1314人)が詰め掛けて地元・栃木SCを応援したが、期待したゴール量産もなく、ハラハラドキドキの90分間となった。
  いまだ勝ち星がなく15位に低迷していた佐川印刷(京都府)を相手に、なぜこれほど苦労したのだろう。その答えは、一言で言えば、佐川・松永英機監督の戦法にあった。松永監督は「栃木の3トップの特徴をどう消していくか」をテーマに臨んだ。3トップとは、1トップの吉田賢太郎と2シャドーの西川、佐野のこと。さらに「ウチの持ち味は、サイドの高い位置に起点を作っての仕掛け」(高橋監督)という栃木の攻撃型を見据え、右・遊佐と左・小林の両サイドバックを攻撃的にすることで栃木のサイドを牽制する作戦を取った。守りながら攻撃している。攻撃しているようで守っている。カウンター狙いとか、ゾーンとかマンツーマンと単純表現できないような、下位チームとは思えない熟達した戦いが見え隠れしていた。「上位の栃木に対し、プラン通りにできた」(松永監督)。それでも栃木が勝ったのは、こちらも佐川攻撃陣の良さを消した栃木守備陣の奮闘に尽きるが、佐川印刷のチーム事情、例えば練習時間が足りないとか、松永戦法の理解度の不足とか、エース町中が出場停止だったといった先方のマイナス要因があったと思われる。そのあたりがもしプラスに転じたら、佐川印刷というチームはまったく侮れないライバルになると感じた。
  松永監督は、ご存じ、ヴェルディ川崎やヴァンフォーレ甲府、ヴィッセル神戸の監督を歴任した人。JFLカテゴリーにいる我々としては、少なくとも永年ヴェルディファンの私個人は、敵軍の将というだけでかなりビビッている。ヴェルディが低迷し、経営が変わったりホーム移転で揺れていた1999年シーズンに監督を務めた。J2に陥落した2005年以前の低迷期8年間で、年間7位という最高の結果を残した。Jリーグカテゴリーで活躍してきた松永監督は開幕前に「JFLはカラフルなチーム構成」と興味を示し、昨シーズン11位のチームを「7位以内にするのが目標」と語っていた。栃木戦終了後は、PKの判定で敗れたこともあって「ゲームが乱れるような所が多くあって、双方ともストレスがたまりやすいゲームだった。JFLがもっといいリーグになるには改善が必要」と口にした。審判への注文のように聞こえたが、それ以上に、JFLのサッカー自体を向上させたい一心から出た言葉だったようにも受け取れた。
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by tsc2007 | 2006-05-01 12:07
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