2007年 06月 19日 ( 1 )
No.221 吉見は夢をくれた
f0136083_1140524.jpg  MF吉見康之(26)が現役を引退した。昼の練習が始まった6月12日に言葉を交わした時にはまだヤル気だったが、その1週間前に「左ひざをねんざ」していて、14日に「前十字じん帯断裂」の検査結果を聞き、決意したようだ。吉見といえば、2005年前期第10節・ホンダ戦での「ロスタイムの歓喜」を覚えているファンは多いだろう。首位ホンダに2点リードを追いつかれたのはロスタイムに入ってから。高橋監督は「引き分けでも次につながる」と思っていたが、残り10分で投入された吉見がタイムアップ寸前、日大の先輩・種倉からのパスを受けて左サイドを突進し、左足で強烈なミドルシュートを決めた。ホンダ戦10試合目にして歴史的な初勝利。これで上位に4連勝し、破竹の9連勝・前期首位・天皇杯JFLシードという快挙につながった。この機運から、J昇格の話が現実味を帯びてきたのだった。
  この年はまだ、今のように取材メディアは多くなかった。夏の中断期間の練習試合はなおさらで、9月11日の県総合運動公園サッカー場には私一人しかいなかった。埼玉SCとのトレーニングマッチの最中、吉見が転倒。茂木トレーナーからバツのサインが出た。その瞬間の衝撃を今も忘れない。ホンダ戦の劇的ゴールや、その2戦後の三菱水島戦決勝ゴールを見て、吉見は栃木のヒーローになり得る選手だと確信を持っていたからだ。「右ひざ前十字じん帯断裂」というサッカー選手にとって一番やっかいな故障。人気が出た矢先の大ケガ。さぞかし落胆しているだろうと、水戸の入院先を見舞った時の吉見は、予想に反して快活で、こちらが力をもらったくらいだ。このことは当コラムにも書いたが、彼の前向きな姿勢を目の当たりにして、何ていい若者がいるんだろうと思った。そして「栃木SCというチームをもっと見つめていたい」と思ったものだ。ケガが縁で吉見の側面を知り得たが、選手一人一人にも私の知らない人生がある。だから、せめて彼らのプレーだけはしっかりと見つめ、伝えなければならないと強く感じさせられたのだった。
  夜の練習場の外周を黙々と走るリハビリ中の吉見の姿は、私が学校の先生だったら教科書に取り入れたいくらいの光景だった。回復したのも束の間、再び同じところを負傷。そして今回、追い討ちをかける事態となった。致命傷だった。吉見は「これまでも日々悔いなくやってきたので、悔いなく引退を決心できました」とすがすがしく言った。今後はフロント入りして広報を担当するという。浦和東高でも注目され、日大を出て栃木SCに入団し4シーズン。短いサッカー人生の中で、ジャストミートのJリーグ級弾丸シュートを身につけて、一瞬だったけど眩しく輝いた星だった。高橋監督は、流通経済大戦後の会見で吉見引退についてコメントを求められ、「スピードとパンチ力がある切り札だった。人間的にも素晴らしく、今後もチームのために必ず活躍してもらえると思う」と語った。JFL通算24試合4ゴール。今季第3節、栃木県グリーンスタジアムでのジェフリザーブズ戦の61分に交代投入された。あのホンダ戦と同じホームのピッチを走った30分間が、私たち栃木のサッカーファンに夢をくれた男の最後のユニホーム姿だった。
[PR]
by tsc2007 | 2007-06-19 11:41
栃木SCオフィシャルWebサイトへ